公的造林の展開 5

前回みたようなことは、地方財政との関連における公社造林の資金問題となって現われています。


周知のように、林業(造林)公社が設立されたのは、時期的には高度成長の展開期。


この時代の地方財政は至って潤沢であり、公社の設立それ自体が、それぞれの府県内での地域間格差の拡大に対処する後進地(山村)開発、ないしは山村への資金還元の意味をもつものでした。


・・・しかし、現在の地方財政は、長期不況に加えて国の行政改革の波をもろにかぶって逼迫しています。


こうした時、出資金それ自体は取るに足らない額であるとしても、収入がまったくないのです。


しかもそれが今後数十年間にわたることが予想されます。


貸付金の形ではあれ一方的に事業費として資金を注ぎ込まなくてはならない公社造林は、地方自治体にとって大きな負担であることはいうまでもないでしょう。


公社造林はこの面でも、現在以上の拡大、発展を期待しえないとみなくてはならないわけです。


公的造林の展開 4

どの公社も事請始後日が浅く、間伐収入さえ得るに至.ていないのに事業そのものは、新植・保育等最も手がかかる時期に差しかかっています。


事業費は、造林補助金、農林漁業金融公庫融資と借入金で調達するシステムです。


そのため、公社の借入金は雪ダルマ式に大きくなり.借入金残高は全公社で2245億円強になろうとしています。


まさに借金経営の典型です。


このように増大する借入金は、公社造林の重圧となっていることはいうまでもないでしょう。


81年度における全35公社の事業費についてみると、全体の77%を占める直接事業費339億1000万円の大部分は、造林補助金と公庫融資によって調達しています。


また23%を占める人件費・支払利息などの間接事業費99億100万円は、府県からの借入金(74%)と市中銀行等からの借入金(24%)で調達しています。


先にみた借入金残高の急速な増加に加えて、聞接費に占める支払利息は鰻上りに増大。


75年に16億7274万円であったそれが、81年には実に62億6890万円にまで増加しているのです。

公的造林の展開 3

公的造林とは、一般に、地方公共団体それ自身や国や地方公共団体が特殊法人として設立した森林開発公団及び林業(造林)公社が行う新植、保育、管理.経営等の人工造林活動を指しています。


このうち、公社.公団の行う造林は、公的機関が実施主体となるところから、機関造林とも呼ばれています。


公的造林の形態は、地方公共団体自らが所有する林野を対象にして行うものと地方公共団体及び公社・公団が第三者の所有する林野を対象に分収造林として行うものとがあります。


このような公的造林は年々集積され、80年現在で156万ha、民有林全人工林面積の22%にも達しているのです。


これは、形態的には分収林が多いとはいえ、民有林に対する公的掌握ないしは管理の深化、拡大過程であって、きわめて重要な意義をもっています。


以下、ここでは公社、公団造林に的をしぼり、公的造林の現状をみてゆくことにしましょう。


まずは公社造林。


60年代における日本の人工造林の展開を特徴づけた公社造林は、結論的にいえば、現在では停滞、縮小に転じ、限界に達しているとみなくてはなりません。


林業(造林)公社は、59年の対馬林業公社の設立を噛矢に、73年のびわ湖造林公社の設立まで32府県36公社(岐阜県、滋賀県、長崎県、鹿児島県にはそれぞれ2公社ある)を数えています。


公的造林の展開 2

拡大造林の停滞は、何よりも林家等生産主体の林業離れに起因するものです。


第一に、木材価格、特に国産材チップ価格の低迷による前生樹伐出の手控え、人工造林対象地の奥地化、立木価格に対比しての造林費の高騰といった「外材支配体制」の直接的影響。


第ニに林家の兼業化、出稼ぎ化、労働力の高齢化に伴う造林労働力不足及び要保育・間伐林分が増えているのに限られた労働力では新植にまで手が回らなくなってきていること等・・・


林業・山村をめぐる経済構造の変化が大きく影響したものであることはいうまでもありません。


一方、再造林についてみると、拡大造林ほどではありませんが、これも70年代を通じて縮小を続けています。


70年に5万1360haを記録したのが80年には3万5851haと30%の滅少を示しています。


再造林とは人工林の伐採跡地への造林ですから、人工林の伐採量の多寡に直接関係します。


伐採量は年毎に低下してきているのですから、再造林の停滞と縮小は、造林対象地の減少に原因があることがわかります。


しかし、ここでの問題は、再造林対象地の減少をもたらした伐採量の減少が、何に起因しているかです。


残念ながら今この問題を検討する余裕がないので結論のみいえば、「外材支配体制」の直接的影響を受けて、林家等が財産保持的性格をより顕著にし、伐採対象林分があるのに伐採しないというところにその因があるのです。


再造林はこのために、急力ーブを描いて縮小し低下しています。


公的造林の展開

林業の生産活動を示す指標としてとりあげられるものに、素材生産と造林活動があります。


前者は産出面を、後者は投入面を表わすものであって、林業生産における生産活動の水準をみるうえで便利です。


素材生産活動については別の機会に譲り、70年代の造林活動(以下、特に断わらない限り人工造林をいう)についてみると、70年の35万5365haに対して75年が22万8947ha、80年が16万4200haです。


これは、対70年比でそれぞれ65%と46%であって、こと造林に関する限り停滞ではなく縮小です。


戦後、日本人工造林の動向は、拡大造林の大幅な仲びを特徴としていました。


しかし、60年代には毎年30万ha前後であった拡大造林は、70年代に入ると75年19万ha、80年13万ha(対70年の42%)と急速に縮小しているのです。


日本の人工林率は、80年には40%に達しました。


この事実からも明らかなように、先発・先進地では植えることができるところはほぼ植えつくしてしまい、条件の悪い場所だけを残してしまったことによって、人工造林の縮小傾向が加速されていることも否めない事実なのです。


しかしながら、「森林資源基本計画」に基づく目標人工林面積に対する現実の人工林面積の割合(目標達成率)は、全国平均では80%とまずまずの数値を示します。


しかし、北陸68%、中国.北近畿73%、北海道と東北75%とまだまだ低い水準にとどまっています。


こうした地域があることを勘案すると、後発・後進地域では、拡大造林の対象地はまだ残っているのに(全国で257万ha、うち北海道46万ha、東比60万ha、中国・北近畿74万ha)、植えないままで停滞してしまっていることがわかります。

林業の構造 4

今日は、地域振興への寄与・・・


つまり地元経済への寄与に関する機能についてです。


国有林が地元経済に果たす役割は、部分林や共用林野等の地元施設を通じて発揮されますが、それ以外に山村民の就労の場としてのそれと、地元の木材工業等に対する林産物の供給源としてのそれがあります。


まず雇用問題についてみると、すでにみたように、国有林経営の「合理化」によって雇用量が著しく狭められているだけではなく、直用から請負への転換が推し進められようとしているところに特徴があります。


これは、すでに指摘しているように、戦後における林業労働近代化過程の中でやっと"人並みに近づいた"労働諸条件を否定することによって林業労働力の再生産を不可能にします。


結果として山村経済の縮小をもたらす危険性があるといわなくてはならないでしょう。


また、地元への林産物供給についてみると、国有林の販売形態が素材売りから立木売りに全面的に転換し、「合理化」が貫徹することによって次第に小規模業者の購入は困難となります。


いずれ、大型業者への集中傾向が必然化することが予想されます。


この点は、国有林野事業を請負う事業体の育成をめぐっても同様であって、大規模業者による小規模業者の排除と改編が進むものと思われます。


結果的には、地元にとっての国有林は、眼前に在りながらもより遠い存在となり、地元とは隔絶したものとなる恐れなしとしません。


総じて、"赤字"対策にのみ目を奪われ、それを発想の根源とする国有林経営の「合理化」は、国有林の存在意義を小さくして、国民の手からますます遠い存在にしています。


それだけではなく、林業生産諸力の構築に否定的に作用する危険性を持つものとして考えなくてはならないでしょう。


真の意味における国有林の再建のためには、長期にわたる視野からの国民の総意を結集した経営改善が必要なのです。


林業の構造 3

国有林は、将来、本当に国産材の安定的供給と価格の安定化機能を発揮することが出来るでしょうか。


国有林への期待は、供給の量的安定性とともに、それが史上で果たす質的機能です。


かつての国有林材は、量的に大量安定供給が可能であるとともに、それの材が民有林に見られない優良材であることによって価格形成に重要な役割を果たしてきています。


戦後、造林木が資源的に成熟し、伐期に達したとき、木材の供給が量的に大量化することは予想いえたとしても、量的には限界であるとみたほうがいいでしょう。


なぜなら、将来の「質」のためには、今まさに枝打ちやつる切りが行われるとともに、間伐が集約的にされるなど、優良な森林をつくるための施行が継起的にされなくてはならない時期です。


にもかかわらず、財政再建を一義的とする「合理化」の展開は、優良な森林を造成するための投資さえ極力押え込む傾向を強く持たざるをえないのです。


・・・これでは近い将来、国有林が果すべき林産物の計画的、持続的供給と木材価格の安定化機能は、不可能となることが予想されます。


短期的祝野からではなく、そして何もかも財政赤字に短絡するのではなしに、今こそより良い森林を作るための投資がなされるべきものと考えます。


この場合の作業形態は、森林の造成のためのきめ細かな施業が中心であるところから、責任ある直用形態が望ましいことはいうまでもないでしょう。


林業の構造 2

国有林経営が生産経済の1つであり、しかも国民のものである以上、黒字経営を指向すべきことはもちろんです。


しかし、赤字が構造的なものである以上に、国有林が今まさに合理的な森林の造出過程にあることを考えれば・・・


"赤字"対策という短期的視野からのみの発想は、長期的には、本来的視野を欠くことになり、きわめて危険な考え方であるといわなくてはならないでしょう。


現在進行し、そして臨調路線によって拡大し加速化されようとしている事業の縮小と経営の減量化は、この点で真の意味における国有林の再建を約束するものであるかどうかきわめて疑わしいというべきでしょう。


・・・では、現在の「合理化」路線は、何をもたらすでしょうか。


それは、国有林の存在意義と関連づけて検討するのが手っ取り早いはずです。


まず最初は、森林の公益的機能との関係。


「改善計画」以降「臨時調査会答申」にいたるすべての「合理化」方策は、公益的機能の発揮を唱えながら"赤字"対策を先行させることによって、公益性と経済性を機械的に区分してしまいました。


結果的には、かえって公益的機能の発揮を危うくしかねない危険性を持っているのです。


公益機能を完全に発揮させるためには、伐採と造林とを技術的に統一したきめ細かな森林施業が要求されますが、現在の「合理化」には、両者が分断されかねない契機があると考えるからです。


林業の構造

70年代後半から80年代初頭にかけての国有林問題は、泥沼的な財政赤字に代表される経営危機です。


この危機をめぐって展開しているものこそ、「改善法」下の「改善計画」であり、それを強力に推進しようとする臨時調査会路線であって、具体的には経営の縮小、減量を手段とする「合理化」です。


したがって、現在の国有林を見る視覚は、こうした合理化が、国有林をして国民から付託されている本来的使命に応えうる形に再生しうるか否か・・・。


というものでなくてはなりません。


このような観点から、現在展開中の合理化について、その問題点を要約的にみていくことにしましょう。


まず最初に、国有林の経営危機についてみると、それは構造的危機である点を確認してかからなくてはならないでしょう。


つまり、日本経済の不況の長期化と深化による木材需要の縮減が60年代に構築された「外材支配体制」によって増幅されているということ。


さらに、森林に対する公益的機能の重視という時代的要請が加重し、さらに60年代の大増伐、大乱伐のツケが相乗されて表出したものなのです。


国有林経営の財政赤字は、この構造的危機の具体的現象です。


林業経営にとっての森林は、その公益的機能を重視しようとすればするほど、そしてまた、育成段階に達した人工林が中心になればなるほど、絶対的重要性を持つことはいうまでもないでしょう。


この場合、最も合理的な森林は、自然力を最高度にコントロールして造出された森林であって、これは最高の生産力のキャパシティーを内包するとともに、公益的機能に十分な配慮がなされた森林です。


こうした森林は、長期にわたる注意深い取り扱いがあって始めて造成しうるものであるとともに、その造出過程では一時的に、資本と労働の一方的注入の時期が必然化します。


このような時期の短期局面では、"赤字"は当然のこととして覚悟しなくてはならないものです。

沖縄の怖い民話

沖縄の民話はたくさんありますが、この中でも怖い物語をひとつ紹介します。


「逆立ち幽霊」という話です。


この話は夏に沖縄ツアーに行ったときに聞いたものです。


あるところに、若くして自殺した妻がいました。


深夜、夫が妻の墓をあばきに行きます。


妻の肉体はあれから日を経たにもかかわらず、ほとんど損傷していないようでした。


とくに目を引きつけたのは鼻の部分です。


妻は生前自分の鼻を自分でそこねました。


その鼻が事故以前のようにふっくらとしています。


不思議なことです。


カンテラを顔によせました。


死者の肉体が、いつまでもそのままであるわけがありませんでした。


カンテラの炎がゆらめいた瞬間、わらいくずれるように顔の筋肉がゆるみました。


しかし、それはむろん目の錯覚でじつは妻の五体は妻の屍肉をくらって肥え太った白い虫に覆われているのでした。


虫は重なりあい盛りあがって肉の形をつくっていたのです。


その虫が光におどろいて轟いたのです。


さすがに男も眉をひそめました。


板切れでうじ虫をこそげ落とします。


しかし、それは顔の部分ではありませんでした。


両足の甲です。


はじめて口を利きました。


「お前は、往生ぎわのわるい女子じゃ。二度と化けて出られんように足を釘づけにしてやる」


・・・五寸釘と金鎚を袋から取り出します。


両足をそのまま棺箱の内がわに打ちつけようというのでした。


鎚音におどろいて、また、二、三羽、蝙蝠が逃げていきました。


壁に反響して、音は、ぐわあん、ぐわあんとふくれあがり、男の襟もとに埃が散りかかるのでした・・・。